見える見える…ああ…
足の不自由なホームレスさんに少年達が火炎瓶を投げつけて…ですか。
いや、人に向かってじゃなくてきっと段ボールハウスにでしょうね〜。
さて、ここから見えるものを挙げてみますか…。まず火を扱うことについてですが、何かしらのエネルギーがそこに溜まっていた…と見えます。ストレスだとかなんだとか、そういう漢字です。んで段ボールハウスへの放火。以前大阪で大規模な撤去がありましたが…段ボールハウスの撤去は正義であるという一つの言い訳が成立してしまう怖れがって、少年達の行動の(内部でも)正当か、あるいは行動の抑止解除(の一つ)となった漢字がします。差別やらなんやら、いつも何かしら、屁理屈えあっても理由を必要とするのが人間の不思議なところで、首魁の内包する何かを借りて行動が発言するkとはかなり多いのだと思います。さらにマスコミの「足の不自由な」ホームレスへの放火というようなイメージを視聴者に与えていること。本当は嫌がらせ程度に、段ボールハウスやらへと向かって投げつけたのだと思います。んで足が不自由だったので逃げ遅れたために…という内容のようです(他のホームレスさんのコメントから判断)。にもかかわらず、前記のような見出しでの報道となると、まるで障害者に火を点けて殺した、みたいなように見えてしまいます。考えずに見ていると、うっかり騙されてしまいます…。んでホームレスさんのコメント「わしらだって生きてるんじゃい」…。直接の殺意ではないものに対しても、日頃からの社会からの視線というものがあるので、存在の否定だとか、そういう方向に捉えてしまいます。在る意味では、少年達の行動を後押しした形になってしまった社旗亜の中の何かに向かっているので正しいとも言えます…。
たった数分のニュースでも、妄想ありとはいえこういう情報が入ってきてしまう自分。うう、しんどい。んでもって障害者な自分という点でコンプレックス刺激で効果倍増。へろへろ一直線でごわす。
もう寝ちゃうんだからねっっ!ぐー。
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